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日記

という名のテキストサイト

捻挫

3月2日

 

学生時代からの友人に「格闘技見に行かないか?」とお誘いがありまして、うーん。怖いし乗り気じゃないなぁ。と思っております。「男なら肉体的に強くなってなんぼ」という考えがあります。この考えに賛同するかどうかは置いといて、僕は格闘技を生で見ることに関しては少し気後れしてしまいます。テレビにて観戦することは厭わないんですが、なんというか痛さがよりリアルに伝わってくるような気がして、正直観るのがしんどいような気がするんですよね。なので、断ろうかなと思います。
僕が中学生の頃、部活内かクラス内か忘れましたがとある格闘技マンガが大流行りしたんですよ。「グラップラー刃牙」っていうマンガなんですけど。そのマンガが男女問わず読まれているような状態までになったんですよ。もちろん、僕も食い入るように読んでいました。「やべえ!ガイアの闘い方すげえ!」と言っていたような気がします。中学生という多感な時期に影響力の大きいマンガを読んでしまうと、みんなマネしたくなるんですよ。友人同士でじゃれ合ったり、格闘技はじめた友人もいました。それを僕は静観している立場だったんですが、僕の内側にも「男だったら強くなりたい!」という感情が無いわけではありませんでした。なので、部活とかの帰り道に誰もいないのを見計らって、「しゅっしゅっ」と虚空に向かってパンチを繰り出したり、「タイガーアッパッカ」とかやっていたんですよ。こういうことを続けていると、なぜか分からないんですが、自分がめちゃくちゃに強くなったような気がして「今ならガイアのような闘い方ができる」と勘違いしてしまうんですよね。しかしながら、やることは「しゅっしゅっ」と「タイガーアッパッカ」だけなんですが。けど、ある日「今ならパンチで木を折ることができるかもしれない…」と思うようなりました。なんでこんなことを思うようになったかは分かりませんが、きっと前述した行為に飽き飽きしていたんでしょう。できるはずもないのに、できる!できる!という根拠の無い自信だけが、日に日に募っていきました。この思いを解放することができずに悶々と過ごしていたんですが、ある日、今日こそはいける!今日いかなかったらもう二度とこのチャンスを獲得することはできない!と思う日がありました。今思えばどんな日だよ、と思うのですが、その日だけは自身に満ちあふれていました。そして帰り道、いつも通りに誰もいないのを見計って、僕の超ど級のパンチにより折れるであろう街路樹の前にスタンバイしました。正直、街路樹を前にすると「あ、やっぱ無理だ」と思いましたが、なぜか後に引けないと意味の無い男気を発揮して、街路樹と対峙しました。街路樹vs僕という、盛り上がる要素が一切無い対決の火ぶたが切って落とされました。すーっと深い深呼吸をした後、街路樹に向かって拳をおもいっきり叩き付けました。「バキィッ!!」と鈍い音が辺りに響きました。ええ?!もしかしてできちゃったの?!と確認する為に顔を上げると、そこには傷一つない街路樹が佇んでいました。折れていない街路樹の代わりに、僕の右手は手首から先がグニャーンとなっていました。瞬時に「あ、手折れた」と理解し、すぐに激痛が走りました。あれは人生で一番痛かったと思います。だってあまりの痛さに泣いてしまいましたから。うわー!いたー!と絶叫して、余りの痛さにどうすべきかも理解できなかったので、顔をぐしょぐしょにしながら家に帰りました。顔をぐしょぐしょにしながら帰ると、やっぱり両親がびっくりするんですよね。どうしたんだ、なにがあったんだ、と。しかしながら、前述した内容を話すのはさすがに恥ずかしかったのか、「ごろんで…ころんで…」と涙声でウソ着きました。両親はん?みたいな顔で困惑していましたが、すぐに病院につれていってもらいました。幸い軽いねんざで済んだのですが、街路樹殴ったことは、たまたま通りかかった親戚が見ていたみたいですぐにバレました。その後、死ぬかと思うぐらい怒られて、またぼろぼろ泣いて「ごべんなざい…!ごべんなざい…!」と謝りました。それ以来、格闘技は苦手になり、刃牙ブームも鎮火しました。あのときほど、根拠の無い自信は怖いと思ったことはありません。マジで気をつけたほうがいいですよ。

 

(おわり)

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